ひきこもり・不登校体験記

ここでは、家族や自分自身が、ひきこもりを経験したことのある方々から寄せられた、体験談を紹介します。
ここでご紹介するのは、体験記の一部です。
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まだ僕は生きている。
 市野 善也さん(25歳)
 思えば、生まれてきてからいいことなど一度もなかった。
 「はやく死にたい」
 ずっと、そう願っていた。

 学校は嫌いだった。幼稚園のころからそうだ。学校に行っていてよかったことなど何もなかったし、いい思い出などひとつもない。
 なぜあんなにも学校が嫌いだったんだろうか。
 いじめや体罰。有ったか、無かったか、そういえば、それはあった。でも、それが原因かといえば、違うと思う。学校というもの自体、高圧的な教師や閉鎖的な教室の中での人間関係、つまらない授業を聞きながらじっと黙って座っていなければならないその抑圧感、そういった学校的なもの全てが、生理的に僕にはあわなかった。そういうのが正確だろう。
 学校にさえ行っていなければ、もっと健全に育つことが出来たのに。そういう思いは拭えない。結局、学校教育が僕に与えてくれたのは、目に見えない苦痛と思い出したくない嫌な記憶だけだ。

 それでも、僕は不登校にはならなかった。なれなかった。
 本当は死ぬほど嫌な学校なのに、行き続けるしかなかった。それ以外の選択肢はなかった。反抗する勇気もなかったし、他にやることなど思いつかなかった。
 できるだけいい学校に入って、いい会社に入る。当たり前のようにそう考えていた。結局は、自分がいちばん嫌いな学歴社会的な価値観以外のものを、自分の中に持つことは、当時は出来なかったのだ。
 いい学校に入って、いい会社に入る。
 誰でもそうするものだと思っていたし、誰にでもできることだと思っていた。少なくとも、自分にそれができないなど、思いもよらなかった。
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28歳からのリスタート
山倉 二郎さん(30歳)
今から5年前。当時大手銀行でコンピュータ開発をしていた私は、対人ストレスとテクノストレスで出勤できなくなり、そのまま引きこもってしまった。それから誰とも会わない不規則な生活が続いた後、さまざまな挫折感を積み重ねて、精神状態は最悪の一途を辿った。

15年来の友人からは、耳の痛いメール。
「年くってるだけじゃ、ダメなんだよ。」
でも彼女はこうも言った。「もう28。まだ28。」

何の期待もせずにヤングジョブスポットに相談しに行った。キャリアコンサルタントさんから、実に為になるアドバイスをたくさんもらえた。
「人の集まる所に身を置けば、活きた最前線の情報が手に入るし、自分のやりたいことが、やり易くなりますよ。」
ここから、少しずつ歯車がいい方向に動き出した。
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いじめられて、助けてと、君の名前を呼んで
埼玉県 のりはるさん(18歳)
学校に行くふりをして駅に毎日向かう、自動販売機で缶コーヒーを買って海の方へ向かって歩く、そんな生活がもう4ヶ月になる。学校から先生も何度も連絡がある。
でも、先生には相談する気にはなれない。
いじめられて、困った時、友達が近くにいて名前を呼んだ。あの時の友達の目が僕に関係ないから話しかけるな、僕に・・・。そう云っていた。
二度とあの目を見たくないんだ。いじめられることより、あの友達の迷惑そうな目が忘れられない。
でも、僕も名前を呼んで彼を傷つけてしまったのかもしれない。
帰るに帰れない学校・・・


働くことへの不安
東京都 山瀬 博光さん(31歳)
私は社会人になって、つまり会社に勤めて2年間働きました。
しかし、周りの人と上手く人間関係を築くことができず、また、周りの人がみんな誰もかれもカッコよく自分と異なり、自信に満ち溢れているように見えて、自信のなさから、疎外感を持ち続けている苦しさから、会社を辞めました。
それから9ヶ月が経ち、現在はひきこもりの状態になっています。
そろそろ仕事につかなくはだめだという、焦りと苛立ち、社会と言う所から離れている事の寂しさを感じています。
しかし、今の自分の気持ちは、寂しさともやもやした物がなくならない限り、仕事に就けない気がします。
仕事をしなければならないというプレッシャーの大きな波に飲み込まれそうです。
器用に生きられない私にも出来る仕事はあるでしょうか。
わかりません。


ひきサポを3ヶ月利用して思うこと
Noriさん
私は今、ひきこもりというより、上手く言えないけど対人不安です。
でも、ずーっと昔から、考えていることがあります。
私の経験を生かして、将来は心理の勉強をしたいということです。
このひきこもりサポートナビを3ヶ月間利用していて、ますます思うようになりました。
大学に行って勉強したいんです。
「学校に行きたくても、どうしても行けない子」に自分のあの頃のつらさを何か生かしたい!
少しでも助けてあげたい。私が不登校の経験をしているからわかってあげたいし、分かってあげられると思います。
そしていつか将来、フリースクールを開設し、自由に心を開いて生きてもらいたい、そして自分もいつかそうなりたいと思います。


ゲームで失ったもの
石田さん(仮名) 25歳
私は大学3年から現在まで引きこもっています。大体2年半くらいになります。
私はひきこもったその原因をゲームだと思ってます。もっとも、私自身の自制心の無さが一番の原因かもしれませんが、あまりにもゲームに夢中になり、周りが見えなくなっていた。そう考えています。

きっかけは、とあるオンラインゲームでした。
仮想の空間で顔も素性も全く知らない人との取引や、冒険にはとても夢中にさせられました。時間を費やせば費やすほど、強くなっていく仮想空間の自分自身。
強い自分を取り囲むように慕ってくる仲間たち。毎日毎日をパソコンに向って、ちょっとした英雄になったような気持ちで過ごしていました。
毎日が楽しくて仕方がありませんでしたが、今思えばうわべだけの充実感の中にどっぷり漬かっていただけでした。

大学3年の後半になり、就職活動の事もふと頭をよぎるようになりました。
しかし、今度はそんな面倒なことを考えることから逃げるための手段としてゲームをするようになっていました。相変わらず、仮想の世界ではどんどん強くなる自分、どんどん増える仲間たち。
ただ、現実の世界ではどんどんやるべき事から離れていく自分。どんどん差を付けられて行く自分。それに気がついてから、どうにかゲームをやめようと思うようになりました。

しかし、いまさら自分に何があるのだろう、自分に何が出来るのだろう、自分が何を持って社会に参加できるのだろう、この様な事を真剣に考えても答えが出てこない。考えが出てこないから、ゲームに逃げていく。そんな繰り返しで結局、就職することなく、大学を卒業する事になりました。
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不登校から自殺した長男 親として
木下秀美さん
 私達の長男:学(まなぶ・当時15歳)は2000年2月4日、京都府南部の私立高校入試日の早朝、自室にて首を吊って自殺しました。長男は中学2年生秋より五月雨登校、3年生の9月末から完全不登校となっていました。いじめは受けていなかったようですが、学年全体が荒れ、2年生では授業崩壊の状態で、死後に調べた不登校や保健室来室者の数が、当時の子どもたちの心の状態を示しています。

校則の遵守、学校秩序の維持の名の下に管理主義的な生徒指導が徹底されながら抑えきれず、荒れの影で自信を失い自己否定感を深めていった多くの子どもたちは放置された状態にありました。親もまた、こうした状況を十分に理解しないままに、学校信仰と学歴主義の呪縛によって、我が子を登校刺激、進学刺激と追いつめていってしまったのです。
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いじめ・・・。本当は。
彩さん(17歳)
いじめられたくない 仲間はずれにもされたくない。
いじめられた人の気持ちは理解できなかった。
いじめる人は気持ちも理解できなかった。

私の友達がいじめにあった。でも私にはいじめている人を止める勇気はなかった。
どうして、いじめられる人は何も言い返そうとしないんだろう?
どうして、人を傷つけるようなことを平気でするんだろう?

友達が学校に行けなくなってしまって、少し悲しい気持ちになった。
このとき、自分が許せない気持ちに始めてなった。

一人で学校にいることのつらさ。
高校は、これからの人生、将来にとって、大切な時期だから学校に来て欲しい。
私はずっと待っているから・・・。


人としてどのように生きるべきか
ウッチーさん
私がここに寄稿させていただくにあたって、まずわたしは告白せねばなりません。それは、私にはひきこもりの経験がないということです。

しかし、私は言いたいのです。もしも、本人でもその家族でもなく、友人あるいは恋人がひきこもりになってしまったり、その状態であったりしたらどうすればよいのでしょうか。そのような局面に遭遇した人間は、人としてどのように生きるべきなのでしょうか。
そもそも、そのような局面に出くわさなければ関心をいだけないようでよいのでしょうか。それに、私の人生で通ってきた道は、幸運であっただけなのかもしれないのです。今振り返ると、私もひきこもる一歩手前までなった経験が実はあるのです。
ある時期、会社に行くのが怖くなり、常に上司や先輩の視線に怯えながら仕事をしていた時期がありました。しかし、その時、たまたま、心が壊れる代わりに身体が壊れた私は、長期入院を繰り返すことで、意図せずしてストレス環境から遠ざかる結果となったのです。難病であるがゆえ、完治は困難ですが、現在は身体上の配慮から、比較的に心身にストレスの少ない部署で働かせてもらっています。
良い会社に入れたものだと今の状況に感謝しています。忘れていただけなのです。自分の過去や人生と向き合うことすらありませんでした。
3年前にある女性と出会うまでは。

 彼女は素晴らしい人でした。今もそう信じて疑いません。彼女は、利りよりも精神を重んじる人でした。
欲や権威よりも自分が感じたままの美を慈しむ人でした。汚れた大人になるぐらいなら、夢の世界を追い求める人でした。彼女の子供のような感性と世界観は、私にとっては奇跡を目撃したような感覚でした。彼女を愛するようになるには、そう時間を要しませんでした。
しかし、彼女との交流に私の恋愛感情がちらつくようになると、長期間、メールの返信が途絶えたり、時々、唖然となるような内容のメールを送ってきたりするようになりました。
しかし、なぜでしょうか・・・・私はそこで切らずに、むしろその行動の中に言い知れぬ心の影を感じ、どうしても見放すことが出来ませんでした。それはひとえに、彼女に実際に会いに行ったときに感じた彼女の心ゆえです。あのピュアな感性は演じて見せるものではありませんでした。私がそれでも交流を続けているうちに、やがて彼女は子供時代のいじめや、人と会うのが怖かったり、 コミニケーションが苦手であることや、今も続く母親との確執などを少しずつ私に話してくれるようになりました。
私は情に流されやすい人間です。彼女の苦しみを私も感じてあげたいと思ったことがなんどもあります。ときには、感情のままに、やみくもに励ましたり、なぐさめたりといったことも数知れません。こうして、このサイトにたどり着くのに3年のかかりました。

ひきこもりがちな彼女を想い続けながら、それについて勉強しようと思い立ったのは今年に入ってからのことです。ひきこもりとは何か、真剣に学ぼうとしていなかった。その発送すらなかった。正面から向き合おうと試みていたのに、実は私は逃げていたのかもしれない。
もう、何ヶ月も彼女からは音沙汰がありません。「あの子のことを何もわかっていなかった」という思いにかられ、その思いは激しい罪悪感となりました。自分は人の気持ちを理解できない人間なんだ、自分の言動は人を傷つけるだけんんだ、なんて自分はダメな人間なんだ、誰か自分を殺してくれ、いろいろと考えました。
ああ、この痛みなんだ、彼女の苦しみを感じたいと、その望み通りになったんだと。
しかし、ここまで私までひきこもってしまえば、世間は見放すでしょう。「あいつはあの女でダメになった」と。ダメだそうはいかない!私は戦わなければならない!彼女のことを想うならば、その悲しみを背負って生きるのだ!かのじょの悲しみや苦しみを無駄にしてはいけない!わたしには常にそのような思いが胸にあります。

 正直私はこのサイトに来るのが怖かったのです。怖くてたまらなかった。しかし、それは自分自身の心の影に怯えていたに過ぎません。
皆さんは私のことを敵とみなすかもしれないと。しかし、ここに集う皆さんの言葉から、そうではないと感じることが出来ました。
ひきこもりとは日本人特有の現象だと書かれた記事を読んだことがあります。しかし、考えてみてください。日本人特有ということはすなわち、日本人であるが故なのではないでしょうか。皆さんの多くが詩を書かれることを私はここにきて発見しました。そして、彼女もまた素晴らしい詩人だったのです。思えば日本では歴史上様々な人々が和歌を詠んでいることに気づきます。
現代人の多くはその心があるのでしょうか。現代にある一般的な価値観とは、己を主張し、何かを勝ち取ることかもしれない。それは古来の日本人らしさとは違うように思います。そのために、人の心を犠牲にすることがあってはならないと思います。慎ましく謙虚になどと言えば、いかにも古臭く、堅苦しく思われるでしょう。しかし、なにも無理せずとも、わざわざ考えずとも、そのように生きている人たちを私は知っています。それはここに集う皆さんです。世間がいかに変わろうとも、消してその魂を葬り去ることはできないのです。
ここに集う皆さんがこうして生きていることがその証しです。世間は冷たいと感じている方がほとんどであろうと思います。世間の人々は皆自分は強い人間で、それゆえに生きやすくて羨ましいと思われるのかもしれません。しかし、彼らの多くは見えていません。それに気付いてすらいません。心の目でしか見ることのできない過酷な戦場の存在にです。
そう、それは皆さんが今戦っている心の戦場です。しかし、私はこうしてここに来ました。皆さんの葛藤は消して無駄ではないのです。ある時、私の尊敬する先輩はこう言いました。
「心の弱さは恥じるものではなく、己の力量を上げるための糧であると思う。弱さがあるから、人は優しくもなれ、進化してきた」と。
その通りであると私も思います。世間は決して振り向かないのでしょうか。確かにすぐには無理でしょう。新渡戸稲造氏の名書「武士道」には、ある西洋の詩が引用されています。それは、国境を超え、民族を越え、時代を超え、そして、私の胸に、あるいは皆さんの胸にも響くことでしょう。

「敗れたる者を慈しみ、傲れる者を挫き、平和の道を立つること---これぞ汝が業」

己の弱さに嘆き苦しむ人々、すなわち敗れたる者には、その体験を経なければ見ることができない視点があるはずです。私はまだまだ勉強も足りませんし、私の言葉が、どう受け取られるかを思うと今も怖いと感じます。しかし、私は皆さんを尊敬したい。そして、心の底からこう願うのです。
どうか私を皆さんの友でいさせてくださいと。
私には大きなことを成す力はございません。しかし、皆さんと常に向き合っていきたいと思います。だからこそ、ここへ来たのですから。」


体験談を書きました。
yuiさん
体験談というので、役に立たないかもしれませんが書きました。
私は中1、中2、中3、高1と不登校でした。
友達ができなかったり、できてもうまく行かなかったり。
いつも心の中ではつらかったし、今のままではだめだ。
何とかしなければと、いつも思っていました。
いじめにも遭いました。死にたいと何度も考えました。

でも、学校に今また通いはじめているのです。
どうしてかというと、私をいじめていた人が学校を辞めさせられてしまったのです。(退学)
そうしたら、皆急に落ち着いて、周りが変わったのです。
悪いことは続かないという事、人にしたことは必ず還るという事が何となくわかりました。
今は勉強が好きです。遅れを取り戻して、将来の夢は図書館で働くこと(本に囲まれて働くこと)を実現したいです。

今、生きている、この瞬間を大切にしてください。
そして絶対あきらめないでください。
まっすぐに生きることは、心にもやさしいし、自信が出る気がします。


自信を取り戻したい
高村 充輝さん(24歳)
人と会うこと、話すことが苦手です。
以前から人に嫌われたらどうしよう、こんな自分だから馬鹿にされているんじゃないか、というのも不安でした。
昔、すごく好きな人に好きだと告白したかった時があって、全然言えなくて悩んで、その子のノートを盗んでノートに自分の名前を書かないで、好きだと一言書いたことがあります。
自分の気持ちを伝えることが、全部と言う訳ではないけど話しかけることが今、できない。勇気がないということかもしれない。

これからの世の中ますます、生きづらくなってくるとは思っているけど、自分にとっては、ある何か自信というものを見つけたい。別に今すぐでなくてもいいから。
自分を見つけて、自信を取り戻したい。自分から動きたい。


きっかけ
三上善博さん
俺は、当時働いていた会社での上司への部下たちのいじめに遭い、人を信じられなくなりました。
そのいじめは上司が会社を辞め、いなくなると、俺に向かい、俺を馬鹿にするということにつながってきました。結局、その会社は長く勤めることもなく辞めることとなり、アパートでのひきこもりが始まったのです…
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自分の戻る場所
菊池大輔さん
私がひきこもるようになったきっかけは大学4年の就職活動が始まった頃でした。
就職活動をするにあたって、これまで何をしてきたのか。これから何をしたいのか。
就職活動をするにあたって、過去の事から将来のことまで真剣に考えるわけですが、考えれば、考えるほど過去の自分が、漠然とすごして来ただけだと思い始め、恐怖を感じました。そして将来について考えると自分自身のあらゆることについて、自信がもてなくなっていきました。
それでも、一応は5、6社ほど面接を受けはしましたが全て落ち、就職難の時代だから仕方がないのだと夏休みが終わってから就職活動を諦めるようになりました。
進路が決まらなく、結局ゼミの先生が大学院に進学してみればと言われたので、特に何の目標もなく大学院に入学しました。しかし、漠然とした目標を持っていない私にとって大学院は当然面白いものではなく、また担当の教官ともうまくいかず、自信をなくし、学校に行かなくなるようになりました。結局は、逃げ場所からさらに逃げる羽目になっただけだったと自分を強く責めていくうちに、自己嫌悪に陥り、ますます自信を失い、全てにやる気をなくし、外出する気も起きなくなり家にずっといるという生活になりました。
引きこもっているときの1日は、ただ起きて食事をしてトイレに行って、寝る。それの繰り返しでした。
何も考える必要がない生活は最初は気持ちが楽で悪くはありませんでした。
ただ、ふと大学時代の友達の事を思い出したり、これからの自分のことを考えると急に恐ろしくなり、消えてしまいたいと思う気持ちでいっぱいになりどうしようもなく悲しい気持ちになりました。
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ひきこもりというトンネルを抜けて
及川昌子さん
ひきこもりの時期は真っ暗闇のトンネルの中にいるみたいだけれど、実はトンネルに入る前の段階というのがある。
トンネルまでくれば、手探りで一歩一歩ゆっくりと歩いていけば、あきらめる事なく歩き続ければ、やがていつかは出口の光が見えてくる。
トンネルに行く前の最悪の状態の時というのは、自分に劣等感を感じたり、自己嫌悪に陥ったり、感情がうまく発散できずに欲求不満になったりして、とてもつらい。死んでしまいたい、と思う。
この時に死について真剣に向き合うことになる。死を選ぶか、生を選ぶかの決断をせまられる。
”死にたいけど、今死んでしまうのはなんかもったいない気がしてきた。
何か私にできる事があるんじゃないかと、ささやかな希望を胸に、生きることにした…
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卒業
小池進さん
今日は僕の高校の卒業式となった。高2の夏から行ってないから、もう1年が経つ。
すごく不思議だけれども、それまでいじめられた訳でもないし、学校が嫌いなわけでもない、むしろ好きだった。といってもいい位だった。
友達も普通にいたし、部活にも入っていた。

でも、あの先生に会ってから、学校が恐怖と苦手の牢獄のように思うようになった。

今日、親と先生が話し合いをして、その結果、僕は退学することになった。
学校に行けなくなってから、たまにだけれども、ふと学校に行きたくなることもあった。
先生とも、もっと真剣に本音で話し合いもしたいとも思った。
だけど、それが結局出来なかった。
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