« 本日大雪なり | メイン | 有難いと思います »

2008年02月07日

寄る辺となるもの

 ただ生きているというだけでも大変なことだ、生きているということはそれだけで価値があるのだとよく言われますが、私たちは実際にはただ生きているわけではなく、日々変化しています。
 子供は大人になっていくし、大人だってずっと変わらないわけではありません。
 子供が大人になるのって大変なことだよなあ、と最近特に思います。
 とりわけ子供から思春期を迎える時期というのは、それまでの自分を1度ばらばらに壊して作り直すくらいの荒技ではないでしょうか。
 人は自分というフィルターを通して世界を捉えていますよね。だから自分が壊れるというのは、世界が壊れるという風にも言えるんじゃないでしょうか。
 寄る辺を失い、当然ながら非常に不安で揺れ動く時期。

 子供が大人になることが、かつてより難しくなっている。
 こんな一文をどこかで見たのですが、確かにそうなのかもしれないなあ、と思います。
 これは、情報のあふれる現代では、寄って立つべきものを見つけることがとても難しい、という風にも言えるのかもしれません。
 今時の子供は、昔に比べて自由だと思っていらっしゃる方もいるかもしれませんが、実態はどうなのでしょうか。
 確かに、選択肢は無数にあるように見えますが、でもそれが自分の意思で選んでいるものなのか、誰かに選ばされているのか、わからなくなる時があるんですよね。そのくらいいそがしくて、まるで何かに追い立てられているみたいで。

 自分の場合は、そんな時支えになってくれたものの1つが、テレビゲームだったりしました。
 なぜゲームをやるのかと言えば、要は好きだからで、誰かにやらされるわけではありません。ゲームをやっている時だけは本当の自分に戻れる、ほっと一息つける時間。
 ゲームがあったから、思春期の辛い時期も乗り越えられたという側面があるので、今でもゲームが悪玉扱いされるのは辛いのです。
 話が逸れてしまったかもしれませんが、一息つける時間というのはとても大事だと思います。
 そういう時、自分を見つめ直すこともできるんですよね。

投稿者 YUKI : 2008年02月07日 15:39

コメント

コメントしてください




保存しますか?